「わかる」と「できる」を両立させてこそ

税理士などの専門職は、「わかる」と「できる」を両立させてこそです。

「わかる」と「できる」は別のもの

哲学的な話です。

物事を習得するにあたって「わかる」と「できる」というのは物凄く近接しているようにも感じるし、全く別のものであるともいえます。

スポーツであれば、仕組みがわからなくても「できる」ということはありえますが、

出来なくても「わかる」ということもあります。

名選手名監督にあらずとも言いますが、選手として優秀な成績を収めたプロスポーツ選手は技術は超一流であったとしても、人にうまく伝えられない場合もあり、伝えるのが下手なのかもしれないし、「できる」けれど本質を「わかっていない」のかもしれません。

また、逆にサッカーなどではよくありますが、選手ではなかった人が指導者としては超一流の成功を収めている例もあります。「できない」けれど「わかっている」わけです。(求められるスキルは違うにせよ)

中には超人的な人もいて、「わかる」も「できる」も高次元で両立させるケースがあります。

「できる」先行きでもいいが…

翻って、我々税理士の業界(あるいはオトナの世界とでもいいましょうか)では、どうしても「できる」を求められがちです。

税理士試験も「できる」先行型です。税法の隅々まで完璧には理解できていなくても、合格の解答はある程度の修練とパターンを習得すれば(もちろん簡単ではありませんが)作成できます。

税理士事務所でも、まずは決算書や申告書は「できる」のが重要視されていて、「わかっている」かは問われませんし、知りようがないというのもあるでしょう。

得てして、「できる」先行になってしまっています。

「わかる」と「できる」を両立させてこそ

まぁ、私が「わかっている」のかと言われれば、完璧にとは言えないかもしれませんが…

ただ、いつも思うのは、この仕事は特にですが(他の仕事もそうだと思いますが)

「できる」先行きで始めたとしても、「わかる」を常に追い求めていかないと面白くないし、進歩もないし、先がない。

税理士試験であれば、「わかる」ために条文などを徹底的に読み込んで考えないといけませんし、実務でも専門書や条文などを調べ尽くし考え抜かないといけません。

「できる」が体に汗をかくのに対して、「わかる」は脳みそに汗をかく。そう考えると、先の長い仕事で大変そうでもあるけれど、面白さや将来性はそこにあるのかなと。

他の税理士さんなどのブログを拝見すると、「できる」と「わかる」を高次元で両立させてる方々も多くいらして、素直にすごいなと思います。その域に届くように汗をかかないといけませんね。