この売上は「いつのもの」なんだろうという疑問は、シンプルでありますが、ものすごく奥が深いため、難しいです。
「これ」は「いつ」の?
会計データを作成していると、初心者ならば誰しもが持つ疑問が、「これはいつ?のなんだろう」です。
電気代の請求書に5月分と書かれていて、引落は6月だった場合、書籍などに書かれたとおりにデータ入力を進めると、5月分の電気代は6月に集計されます。
電気代に限らず、定期的に発生する費用は「請求書などの◯月分」と「会計データに集計される月」が一致することもあれば、しないこともある。
そして冒頭のように『これはいつのなんだろう?』と思うわけです。
売上を例にとってみます。
飲食業などのような日銭が入る商売は別として、一般的な商店などのように月末締めの翌月末入金のような掛取引をしていると、5/31〆で請求を出し、6/30に入金となると、これは5月分なのか6月分なのか。
地代家賃も翌月分を前月末までに振込むことになっていると6/30に支払うのは7月分(7月利用分)。でも会計データ上は6月に払ってるから6月に集計されてれしまう。
発生主義
会計では、このように「いつ」のものなのかを確定させることを「認識」といいます。
そして、原則的には経済的な価値が増加したり減少したときに、認識します。
つまり、ものすごく厳密に考えれば使ったとき。ただ使ったときにオンタイムで売上や電気代などを認識するのは無理なので、請求を出したとき受けたときに認識します。
これを発生主義といいます。
すべて発生主義で認識すれば、6月に集計される売上も電気代も地代家賃もすべて6月のものということになり、売上(つまり収益)と電気代・地代家賃などの費用が「対応」します。収益と費用が対応すると、正しい利益になるというのが会計の考え方です。
発生主義の限界〜中小企業の現実
発生主義は理屈としては理想的なのですが、技術的あるいは能力的な問題から、中小企業では完全に徹底するのは困難です。
・どこまで厳密にやるか?
発生主義を徹底しようとすると、すべての請求書を確認して、発生した都度に集計する必要があります。
そして実際に入金や出金があったときは、掛代金や経過勘定を消し込む必要があります。
売上だと
請求を出したときに 売掛金/売上
入金されたときに 普通預金/売掛金
と処理します。
要は、請求の時と入出金のときそれぞれに処理が必要になると。
中小企業では、専門の経理担当者がいない場合が多く、いても総務や他の業務と兼ねていますから、ここまで煩雑なことは難しい。
単純に手間は倍になりますので。
・高い経理能力が必要
先に述べたように発生主義を徹底するためには掛代金や経過勘定という特殊な科目を使う必要があります。
簿記を勉強した人なら、わかることでも、中小企業では、経理担当者が簿記経験者とは限りません。
また、簿記的な仕組みがわかったとしても、売上や仕入の全てが掛取引とも限らないし、請求書を特定のタイミングまでにすべて揃えるという資料の収集が難しい場合もあります。
・費用対効果の問題
発生主義を徹底して、厳密に適用することは、月次決算に相当程度の正確性が求められる企業には必要です。
しかし、すべての中小企業や個人事業主に必要かと言われるとそうではないでしょう。
これらの場合、まずは税務申告を適正に行うことが重要なので、そこまで期中のそれぞれの月を合わせる必要はなく、
手間もお金もかけて発生主義を徹底する意味がない、言い換えれば費用対効果(コスパ)が悪い。
現実的対応
利害関係者が多く、動かす金額も大きい大企業は、発生主義を徹底しなければなりませんが、中小企業や個人事業主は、現実的対応となるでしょう。
期中はお金の動きをベースとした現金主義的に(入出金に基づいて)取引を捕捉し、決算のタイミングで発生主義に修正します。
そうすれば、そこまで手間にならず、かと言って決算ごとには発生主義になっていますから、決算書も正確性を担保しています。
・期中現金主義〜決算時発生主義
具体的には期中(つまり年間12ヶ月のうち決算月に関わる月以外)は、現預金の出入り(入出金)に基づいて取引を捕捉します。
そして、決算月に取引は生じているが入金や出金がまだのものを捕捉します。
これを期中現金主義といい、多くの中小企業で実施されています。
・メリット①手間がかからない
発生主義を徹底するよりも手間がかかりません。発生主義は、発生のタイミングと入出金のタイミングの両方で処理が必要ですが、(期中)現金主義では期中は入出金のタイミングだけの処理ですから、手間は約半分。
入出金の事実は大抵、通帳に記載されますから、初心者でも取引の補足が容易であることもメリットです。
・メリット②漏れが防げる
専門の経理担当者がいない、しかも社長が多忙な会社だと、(あってはならないことですが)経理書類を紛失し、再発行するなどということも稀にあります。
再発行できれば良いのですが、経費の領収書を無くすことも。そこまでひどくなくても、請求とかが揃わないとか。
そんなわけで、現預金(特に預金通帳)の動きから取引を捕捉していけば、取引の捕捉漏れを相当程度防ぐことができます。
・メリット③お金の動きと連動
期中現金主義は基本的にお金の動きと損益が一致しやすいので、会計初心者はイメージがつかみやすいです。
いくら発生主義を徹底しても、分かってないと意味がないので。
・デメリット①決算間際がややこしい
期中現金主義の最大の欠点は、決算間際がややこしくなります。
決算の際に、発生主義に修正を図るため、取引は生じているが未入金或いは未出金のものを捕まえなければならないからです。
となると、先ほどのお金の動きと連動してイメージがとりやすいというメリットも消えてしまいます。
・デメリット②「いつ」かが分かりづらい
期中現金主義では、期中は入出金のタイミングで取引を捕捉するので、「◯月分」を深くは意識しません。
「この水道光熱費はいつのだろう?」みたいなことがついてまわります。
そこで、摘要を工夫しなければなりません。
水道光熱費も摘要を「水道代 ◯月分」とすれば、この問題はクリアできるのですが、摘要をしっかりしなければならないという別の手間が生じます。
・デメリット③月次決算がやや不正確
期中は入出金のタイミングで取引を補足するため、「◯月分」が一致しないこともあります。すると、月次決算がやや不正確になります。
発生主義と現金主義の差額に当たる部分が、ほぼ一定の安定した会社であれば、問題ないとする見解もありますが、ケースバイケースでしょう。
規模別対応(現実的対応)
個人的な意見ですが、期中現金主義は規模感の小さい会社限定としておいた方が良さそうです。
規模が大きくなると、発生主義と現金主義の差額に当たる部分が大きくなりすぎるので、さまざまな面でリスクが大きい。(税務との問題もあります)
およそ年間の売上が3億円程度までであれば、期中現金主義で良いのではないかと思います。
その規模くらいまでは、おそらく数人規模の会社も多く専門の経理担当者がいない場合も。あるいは経理担当者がいても総務や他の業務と兼任であるため、発生主義を徹底する効果よりも手間などが大きいでしょうから、期中現金主義で良いでしょう。
売上が3億円を超えて5億円、8億円と増えてくると発生主義を徹底しておかないと、経営分析をしても正確でなくなります。
ただ、中小企業では売上が5億円とか8億円とかでも経理担当者が1人ということも少なくありません。
これはさまざま面でリクスが高いので、発生主義を徹底するためだけでなく、経理リスクを下げる意味でも担当者は増やす、経理に費用をかけるなど抜本的な対策を取らないといけないでしょう。